株式会社 アルファインテル
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東山農場

1927年三菱創始者である岩崎彌太郎氏の長男である故岩崎久弥氏により創業された農場

ブラジルでのコーヒーのルーツは北東部のベレン、熱帯気候にあたるこの地はコーヒー栽培には適さず、最適な地を求め南下し、サンパウロ州においてはこのカンピーナスで栽培が始まった。東山(とうざん) 農場は1927年三菱創始者である岩崎彌太郎氏の長男である故岩崎久弥氏により創業。サンパウロ市からは北に100km に位置する。900ha の総面積に120万本のコーヒー栽培を主とし年間コーヒー生産量は約1万俵(1袋60キロ)を栽培し、世界中に輸出される。コーヒーの他にトウモロコシ、栗、アセロラ、レイシが栽培される。岩崎家が購入する前、この農場にはたくさんの奴隷が働いていた。ブラジルの奴隷解放は1888年で、それまではどこの農場にも黒人奴隷がいたが奴隷解放を受け、労働力に困った農園主は移民を募集、日本人のブラジルへの移民が始まったのがこの頃になる。東山(とうざん)は彌太郎氏の雅号。

メインハウス
コーヒー園を見下ろす展望台


摘み取りには機械が導入されているが、手摘みが必要な場所も残る。手摘みした豆は今でも写真のようにふるいにかけ、果実と葉などとを分ける作業をしています。大変重く腕力と熟練が必要だ。
重機による収穫風景


広大な敷地をガイドが案内

900haの広大な敷地を誇る東山農場では専門のスタッフガイドによるコーヒーの栽培の説明を受けることができる。毎年5~9月の間の約3か月は収穫風景を見られる可能性が高い。9~11月であれば、一面コーヒーの花という景色を見られるかもしれない。入場料は平日と週末で異なる。8人が最小単位となるので、満たない場合は不足分を払う必要がある。別途ガイド料を払えば日本語のガイドもつく。

採れたてのコーヒーの実はフルーツの様
座学によるコーヒーの勉強


東山農場で撮影された映画・ドラマ

『汚れた心』。第二次世界大戦直後の日本人移民によって約10年続いた「勝ち組」「負け組」の抗争をテーマにブラジル人ジャーナリストのフェルナンド・モライス原作のベストセラー・ノンフィクション(Corações Sujos (汚れた心)」を原作にした2012 年公開の映画。勝ち組とは当時、「日本は戦争に勝利した」と信じた人々で、真実を受け入れた人を「認識派」、あるいは「負け組」と言った。二者はしばしばいさかいを起こしたとされる。『ハルとナツ届かなかった手紙~』 。2005年にNHK放送80周年を記念して放送された橋田壽賀子さん原作・脚本のドラマで、3年間の出稼ぎのつもりでブラジルのコーヒー農場に渡った日本人家族の苦悩をトラホームで日本に残された妹のナツと父母とともにブラジルにわたった姉のハルを中心に描く。

ハルとナツ劇中で高倉家族が住んだ家
写真は奴隷住居を改良し、移民を住まわせたもの


メイドインブラジルの日本酒、醤油

地球の反対側でつくられる日本酒はいかが?
東山農場創業の7年後、1934年に創業の東山農産加工有限会社により日本酒の製造がスタート。生産に関わる作業者は全員ブラジル人、原料の米はウルグアイから輸入されるジャポニカ種の弥勤米。麹は麹室で手作。東山農産では天然醸造で醤油や味噌も造られる。2016年に社名を東麒麟に変更。


ブラジルコーヒーにまつわるエピソード

そもそもコーヒーはエチオピアの羊飼いが見つけたコーヒー豆が眠気覚ましとしたのがルーツ。その後、イスラム圏、ヨーロッパでも嗜好品として愛されるようになった。時が流れ、1727年、まだまだ稀少ではあったが、コーヒーの文化は大西洋を渡り、赤道を越え、アマゾン河口の町ベレンからブラジルにひっそりとはいってくることになる。「コーヒーの苗木を手に入れろ」という命を受けたブラジル人青年将校がコーヒー栽培が盛んなフランス領ギアナに派遣された。ギアナの総督夫人と恋に落ちてしまった彼だったが、目的の苗木は手に入らないままだった。ブラジルへ戻ろうというお別れの時、総督夫人から花束が贈られる。そこにはコーヒーの苗木をしのばせていたという。この苗木が後にブラジルを世界一のコーヒー生産国に導いたといわれている。